発売後すぐに買ったのにず~っと観ていなかった、ソフィア・コッポラ監督、「ロスト・イン・トランスレーション」をやっと観ました。
うおぉ!僕もビル・マーレーのようなナイス中年になって、スカーレット・ヨハンソンとプラトニックな夜を~~~!
というしょーもない感想は置いといて・・・。
CM出演(サントリーウイスキー)のために来日したボブ(ビル・マーレー)と、夫(写真家)の仕事で東京へやってきたシャーロット(スカーレット・ヨハンソン)。
言葉の通じない異国の地で、孤独感にさいなまれていた二人が出会い、惹かれあっていく・・・。
なんて、僕の下手なあらすじ読むよりは、適当に検索して調べるなりしてもらえればいいんですが。
つーか普通に観たらいいと思いますが。
ソフィアの描いた「異国」としての日本、東京には、日本人として賛否両論あるようで、「あまりに不自然」といった声も多いみたいなんだけど、
ソフィアが描きたかった(ボブやシャーロットが感じた)、日本人の不可解な行動、都市の冷たさ、異国の居場所の無さというのは、十分に感じ取ることが出来る。
むしろ、僕にはリアルに見える。
同じ日本人でありながら、街で見かけた他人の行動を不可解に、不快に思い、街の雑踏に苛立ち、居場所の無い気持ちになる。
いつもは笑ってしまうバカなテレビ番組が、急に嫌になったり、光り輝くネオンサインがとても無意味に思えたりとか。
異国の地ではないけれど、自分を見失ったとき、どんな場所も孤独に感じるものなんじゃないかな?
<余談>
そりゃあ、地理を無視した移動とかは、映画なんだから当たり前。
地理的にリアルであることが必要な映画ではないし、むしろ映像として、シーンの効果を重視した結果なんじゃないのかな?とか。
つーか、外人から考えれば、渋谷も新宿も、「東京」なわけで、それは日本人がマンハッタンもブルックリンもブロンクスも、「ニューヨーク」なのと一緒だろう、とか。
<余談終わり>
この映画で描かれているのは、「外人から見た日本人」ですらなく、「外人から見た、外人に対する日本人の態度」なんじゃないかな?と思ったりもして。
妙になれなれしかったり、何か話をしようと一生懸命どうでもいい話題でしゃべり続けたり、通じていようがいまいが構わず説明したり、目を合わせづらそうに会釈だけしてみたり、常に作り笑いだったり。
誰とも通じ合うことが出来ない、どこにも居場所が無い、そういう孤独感を表現するのに、異国という舞台が必要で、その「異国らしさ」を最も出せる場所が、日本で、東京だったのかな?と。
クレジットの最後の最後で、はっぴぃえんどの「風をあつめて」が流れるのですが、この曲が「作品で描かれている日本の風景」ではなく、劇中での二人の気持ちにシンクロして、素晴らしい選曲だなあと思いつつ・・・
この曲を薦めたのが誰かを知っていると、ちょっと複雑な気持ちだったりするのです。
(別に好きでも嫌いでもないんだけどね、コーネリアス)
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